名古屋大学医学部附属病院腎臓内科日記

当教室の後期研修医の日記も随時更新中です。

ISSCRに行ってきたよ

第1話 期待と挫折と

 物語は、ストックホルム近郊にあるブロンマ空港に3人が降り立つところから始まる。
 3人とは、医局長の坪井先生、特任助教の金先生、大学院生の神村君(仮名)のことである。
 1人だけ君付けにしているのは、誰が書いたかわかりにくくする狙いがある。例えば、全員君付けにしたら、坪井先生が書いている可能性が俄然高くなる。これが互換性(何の?)が最も高い状態だ。全員先生で統一しても良いが、少し堅苦しくなると心配してのことである。
 さらに言うと、1人だけ仮名なのは、ホームページに名前が公表されている前2人に対し、名前が出ていない大学院生に対する配慮のためだ。名古屋大学腎臓内科とは、かくも個人情報に厳しい教室なのだ(そういうこと?)。
 一体、何の話をしているのか。
 3人がストックホルムに降り立ったのには理由がある。飛行機から降りるためだ。
 話が進まない。物語が始まると言いながら、全然始まらないではないか、そんな感想をいだかれる方もいらっしゃるだろう。もっともなことだ。しかし、始まりを定義するのは難しい。例えば恋愛もそうだ。恋の始まりを意識するのは、既に始まった後なのだ。
 一体、何の話をしているのか。
 真面目に書くと、国際幹細胞研究学会、略してISSCRに参加するため、現地へ向かったのである。
 降り立ったブロンマ空港では小雨が降っていた。小型の旅客機だったためか、アスファルトに直接降りるようになっていて、特に迎えのバスがあるわけではなく、そこからターミナルまでは徒歩で向かうようだ。ターミナルまでは軽く見積もって100mくらい。大雨が降っていたらどうするつもりだったのか。この怪しげな環境を前にして、既に神村君(仮名)の心には不安が立ちこめていた。ちなみに以後は面倒なので(仮名)は外す。
 ここまでの道のりは比較的快適で楽しいものだった。中部国際空港からヘルシンキを経由して、ブロンマに着いたわけだが、いずれもJALとフィンエアの共同路線である。機体は中部国際空港の時点からフィンエアの機体で、機体にはマリメッコの代表的な花柄が配されていた。紺色に近い色で、航空機との相性も良く引き締まった印象を受ける。機内販売でもこのマリメッコ柄のグッズが販売されていて、空前の北欧ブームを狙ったしたたかな戦略が読み取れた。機内サービスのナプキンもいちいちマリメッコの柄で、これだけでもポイントが高い。神村君は、マリメッコ柄の機体のミニチュアがちょっと欲しくなって、買うなら帰りかな、とぼんやり考えていた。
 しかし、そんな浮かれた気分もブロンマ空港で一変する。
 一つしかない荷物受け取り所のシャッタが開き、荷物が流れてくる。坪井先生、金先生、それぞれがそれぞれのトランクを手に取ったが、神村君の赤いトランクが一向に流れてこない。
 いよいよ最後の一個、黒い鞄が流れてきた。立っているのは神村君と70代くらいにみえる老年の男性。老年の男性は、しかし、その鞄をスルーする。どうみても神村君のでもないため、神村君もスルー。ターンテーブルの反対側に流れて行ったところで、その老人の奥様らしき人が男性に、「あれ、あなたのでしょ」なんて言って、老人が「ああ、あれか」と答えている。微笑ましいものだ。
 その男性の荷物がもう一度シャッタの下を通ったところで、非情にもシャッタが閉まった。荷物を手に去る老人を見送る神村君。
 神村君のロストバゲージが確定したところで、その旨をカウンタで伝え、3人とも現地の通貨をキャッシングし、タクシーをつかまえ、ホテルに向かった。結構落ち込んだ神村君を励ます坪井先生と金先生。神村君はその励ましを受けつつ、胸には一つの大きな野望を秘めていたことを、この時はまだ2人は知る由もなかった。
 果たして、ロストした神村君の荷物は戻ってくるのか、果たして、3人は無事にISSCRに参加できるのか、神村君の野望とは一体何なのか、ここまで話を引っ張って大丈夫なのか、不安は尽きないところだ。
 ちなみに、この行きのタクシーは明らかにぼったくりだったのだが、それに気がつくのは帰りのタクシーに乗った時の話である。
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