名古屋大学医学部附属病院腎臓内科日記

当教室の後期研修医の日記も随時更新中です。

坪井先生 震災活動報告

腎臓内科から東日本大震災医療支援チーム活動報告

腎臓内科から東日本大震災医療支援チームの一員として宮城県石巻市へ行ってきました。チーム編成は救急、腎臓内科、小児科、精神科医師各一名、看護師二名、薬剤師一名、事務一名の計8人です。当院を3/18昼に出発し、現地で4日間活動した後、栃木県宇都宮に一泊し23日夜に帰名しました。
 石巻市は宮城県第二の人口15万人都市ですが、今回の震災でのダメージは甚大で、人口の半数の方が避難所生活あるいは自宅は残るものの食料は配給に頼らざるをえない状況が続いています。石巻市民病院が津波により機能不全に陥ったため、派遣先であるベット数400床の石巻赤十字病院は当地での災害時医療救援拠点となっていました。日本全国の赤十字病院から救援スタッフが救急車と共に応援に訪れており、その軍隊さながらの統率力や団結力に圧倒されると同時に、我々国立大学チームは外様気分を感じたことも事実です。しかしながら、その後の松田直之団長率いる本チーム全体のポテンシャルと士気は高く、徐々に疎外感は薄れていきました。ただ責任者を除き比較的若手メンバーからなる赤十字チームと比較し、加齢臭ただよう中年ドクターで構成された名大チームは異色の存在であったことは確かです。

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以後は簡単な活動報告です。
3/19午前―石巻赤十字病院内で黄色トリアージ患者の治療
 震災後一週間が経過しており、外科的な対応を要する症例は皆無でした。老健施設入所中の要介護高齢者が多数受診。飲料水不足による脱水症、紙おむつの不足のため下剤や緩下剤の服用を中止したことによるイレウス患者、ワーファリンを数日断薬したことによる、狭心症や腎梗塞の再発例、外来待ち合いのベンチで後方支援施設への転院待ちをしていた高齢者のCPA、他には汎発性腹膜炎、腎盂腎炎、脳出血など被災と直接的因果関係のない患者などの治療を行いました。入院ベットは限りなくゼロに近く、どうしても応急処置的な対応となってしまいます。急性期に外来を受診後帰宅し、後日再診する患者も多く、患者数推移は二峰性となると予想されました。

3/20午後-23午前―避難所巡回
 稲井小学校、大曲小学校、住吉小学校、山下小学校、石巻グランドホテルの各避難所を巡回し、患者診察、健康相談、急性ストレス障害のスクリーニング、避難所ボランティアの健康診断を行いました。避難所の一階は高台にある山下小学校を除きすべて浸水しており、泥がひどく、尋常でない津波災害であったことを実感しました。トイレ用の水がなく、衛生状態が日々悪化しているようでした。飲料水は充足しつつあり、患者のほとんどは落ち着いていましたが、感冒から気管支炎、ストレスによる高血圧、食事量および回数の減少による血糖不安定、不眠の症例が散見。高血圧患者に対しては食塩摂取量や経口飲水量が震災後減少していることを考慮し、ARBは第一選択とせず、カルシウムブロッカーで対応。こういった状況での高血圧に対する利尿剤の使用は要注意で、低カリウムによる脱力症状も懸念されていました。被災者のほとんどが明るく振る舞っていましたが、将来への不安を吐露される方や不眠、フラッシュバックの訴えがある方は精神科医師に診察をお願いしました。日付が進むにつれ、避難所運営者(自身も被災者ですが、校長や教頭先生であったり、ホテル経営者であったりした方が使命感から運営にあたっています。)やボランティアの方々に肉体的疲労が顕著にみられるようになり、同時に精神的ストレスも増しているようでした。
 今後気温の上昇により一層の衛生状態悪化が懸念されるため、ライフラインの整備に加えて、うがい、手洗いなど感染予防対策が急務と考えます。また街全体が通院していた開業医が津波の被害を受けているため、現地開業医による地域医療へ患者の受け渡しにはかなりの時間を要すると予想されますが、避難所の統合や、各避難所と基幹病院間を結ぶシャトルバス等による移送システムの構築により、限られた人的リソースによる効率的な医療援助へ形態が変化していくと思われます。
 東海大震災が将来発生すれば、名古屋はその地理的状況から、阪神•淡路大震災のような都市型災害と今回の東北•関東大震災でみられた津波災害を合わせた複合的な被害が生じることが予想されます。その際、名古屋大学は中京圏における災害時医療援助の中枢となることが期待されています。今後指揮系統を含めたシステム構築を各団体の利害、立場を超えて国家的に立ち上げる必要があると考えました。

3/22夕方―石巻赤十字病院腎臓内科佐藤和人部長と透析室看護師長と面会
 地震発生時透析器の転倒、抜針トラブルはなく、透析は通常と変わりなく続行。ベット数30床で120名の透析患者を普段は2クールでまわしていたが、震災後近隣基幹透析施設である仙石病院、宏人会石巻クリニックが続行不可能となり、日赤病院に患者が集中。一時300名の透析患者を週二回、一回3時間の一日5クールで治療したそうです。もちろん他病院通院患者の情報は皆無、高齢者においては自身の基礎体重すら知らないという状況の中での透析条件設定、ヘパリン在庫の枯渇などを種々の問題が発生したとのことです。また低体温で透析温度を上げ内保温を行った症例や回数、時間減による心不全や高カリウム血症、ストレスによる血圧上昇傾向などが散見され、治療にあたったスタッフの苦労を伺い知ることができました。患者側のコンプライアンスはおおむね良好で、食事量の減少による影響はもとより、透析間の体重増加を少なくする意識が患者側にも働いたようです。またスタッフ全員が当時勤務中であったため人的損失を免れたことや、近隣透析施設の看護士が応援にきてくれたことは大変幸運であったとのことでした。仙台市内の病院に相当数を転院させる対応や、3/20の仙石病院の再開により、やっと昨日ゆっくり寝る時間ができたとおっしゃっていました。

 40歳をすぎて人生観、死生観を変えるような経験はそうそうあるものではありません。医療者―患者関係にネガティブな話題が続いていますが、今回の経験により、研修医のような新鮮で純粋なスタンスを取り戻せた気がします。同行したチームの他メンバーはもとより、バックアップ体制を整えてくれた松尾院長をはじめとする病院執行部、事務方の方々、留守中の診療をカバーしてくれた内外の腎臓内科医局員の方々に心より感謝申し上げます。
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坪井先生震災支援日記

坪井先生震災支援日記


宮城県石巻地区派遣部隊第1陣
(医師4名、看護師2名、薬剤師1名、事務1名、ワゴン車2台)

腎臓内科 坪井直毅先生が内科医として参加。

3月18日:名古屋出発 12:00
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3月18日 5:16 PM
まだ東名高速です。もうすぐ首都高速に入ります。現地着は日付変わって2時くらいでしょうか。ガソリンの給油待ちの長さがすごいです!

3月18日 11:01 PM
国見SAです。
トイレで放水してます。ガソリン売り切れで対策会議中。

3月19日 12:25 AM
なかなか辿り着けませんね。
ガソリンは手に入りましたか?
本当にご苦労様です。丸山彰一



3月19日 1:28 AM
もう日赤目の前です。

3月19日2:17 AM
到着

3月19日 7:50 AM
今日午前2時過ぎに病院に到着し廊下に寝袋引いて仮眠。簡単な朝食をとり今は指示待ちです。日赤がすでに広範囲に展開しており土地勘がない我々には避難所巡りは危険なため入院患者や透析管理が仕事になるかもしれません。
あと火を使えないため食事内容はかなり制限されます。

3月19日 1:37 PM
黄色のトリアージやってました。入院患者じゃなかったです。

3月19日 4:53 PM
坪井先生
大変御苦労様です。
すでに日赤のチームが入っていることは聞いていましたが、現地指示で系統的に動くことが重要だと思います。黄色(中等症)のトリアージでの活動とのこと、頑張ってください。
おそらく様々なチームが、様々な装備や日程で入れ替わり立ち替わり活動しているのだと想像していますが、現地の指揮命令系統が十分機能し、名大チームがそれに従って活躍できることを祈っています。薬品類などはいつまでもちそうですか?
食事や睡眠の環境などは厳しそうですが、くれぐれも身体に気をつけて活動してください。
松尾清一




3月19日 4:30 PM
坪井先生

黄色のトリアージ?
どうやってやるのか、私は自信ありません・・・。
(勉強しなきゃ。)

仕事は日赤の中ですか?
病院内は暖房あるのでしょうか?
食事はどんな感じですか?
小児科医、精神科医、薬剤師、看護師はどうしていますか?

また時間のあるときに状況を教えてください。

丸山彰一


3月19日 5:33 PM
午前中はトリアージ
日赤が大規模に展開しているので、指示に従って動いてます。重症はほとんど高齢者で老健入所者が大量に調子悪くなるケースが多く、どこまでが入院させて救命するか線引きが難しいです。午後は避難所に行って処方や健康相談やってきました。道中津波の被害を目の当たりにしました。食事は暖かいものは院内では無理そうです。駐車場でコンロでやる感じです。寝場所は昨晩は管理棟の廊下で人の往来でほとんど眠れず、今晩は渡り廊下に陣地を展開中です。薬はもはや慢性期疾患の薬切れが多い印象です。降圧剤をもっと多く持ってこればと後悔です。不足分は病院にリクエストすれば手に入りそうです。朝はゼリー、昼はドーナツ、今晩は簡単なヌードルです。以上です。

3月19日 8:29 PM
明日の予定はまだ決まってません。燃料補給してやや大きめの避難所に行くかもしれません。写真はチョコチョコとってますが運転が多いのでなかなか。。。


3月20日:石巻日赤病院を出て避難所で活動
7:33 AM
物資積んで出発です。今日はまだ医療班が入ってない避難所なので混乱が予想されます。


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3月20日7:44 AM
今日から少し規模が縮小されそうです。
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3月20日 11:35 AM
坪井先生

ご苦労様です。
病院はひと段落ついたということでしょうか?
避難所には名大チーム8人がまとまって行っているのでしょうか?
また状況を教えてください。

丸山彰一


3月20日 5:30 PM
だいぶ状況も落ち着いているようです。調子が悪い人も少なくなり、インフラや物資の復活により今後改善されてくると思います。当地は日赤が大きく基地を展開しており、国公立大学がさらにマンパワーを投入すべきかどうか議論すべきと考えました。我々としてはそれで助かった面はリスク回避の面でも大きいのですが、役立ったかどうかは疑問です。他にもっと困っている地域がまだあるのでしょうが、行政が把握してないため目的地にならなかったのでしょう。国公立大学はやはり国公立の基幹施設に当地のような基地を展開できるかどうかが今後の課題です

3月20日 8:24 PM
坪井先生
本当にご苦労様です。
一日一日状況が変わっていくのがよくわかります。
TVでも石巻日赤の状況は時々放映されています。
携帯電話は通じるようになったのでしょうか?
それから、
もっと奥地にたくさんの未開の避難所があるのでしょうか?
また、状況を教えてください。

丸山彰一


3月20日 9:56 PM
まだ未開の地はあるようです。おそらく物資も届いてない場所はみんな餓死しているでしょう。
医師4人のチームは日赤よりも充実しており精神科医師もいるチームはないので明日は精神的ケアと医療ニーズがある地域行くことになりました。
日赤が入っているところはもう国公立からの派遣は不要だと感じます。
食料は足りてます。中華料理屋は今日から開業したので昼はラーメン食べました。簡易シャワーも今日使えました。
今晩はまた寝場所変えました。


3月21日(月) 7:12 PM
第2班は引き続き派遣されるようですね。開業医が再開した地域もあるようで、今日の午後はそういった環境の避難所に行ってきました。近くの医院はやっているが行くのが面倒なので受診しましたという人もいました。小さな子供連れや足腰悪い高齢者はしょうがないと思いますが・・・。そろそろ地域医療なのか災害支援なのか微妙な時期なのでしょう。避難所から病院までのシャトルなどが立ち上がれば医者が出向く必要はないように感じます。
明日は午前中巡回し、午後に撤退、宇都宮で一泊し水曜日に帰ります。首都圏でもガソリン不足があるようで持参した燃料でもつかちょっと不安もありますがなんとか無事に帰りたいです。


3月22日(火)
避難所・石巻グランドホテルに支援物質(食品等)搬入。
ホテル内客室、宴会所、ロビー等を巡回診察、処方。

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